2,020年6月のラジオを振り返る

 6月ももう終わりということで首都圏のラジオを振り返ります。
 6月はコロナからの赤江珠緒、石田純一の復帰、久米宏ラジオなんですけどの終了が大きな話題となった。
 同じコロナ感染者でも住吉美紀は5月25日に復帰したが、赤江と石田は6月の聴取率調査週間に合わせての復帰となった。
 石田純一は批判の声も多かった。石田純一復帰時はスペシャルコメンテーターとして辛坊治郎が出演していたが、辛坊は生でニッポン放送で午後1時から4時までメインを張っているが、この日は3時過ぎて退いて橋下徹があきれていたという。石田純一が木曜コメンテーターをしている斎藤一美SAKIDORIは午後3時半から5時50分までの放送で午後3時半から4時までは被る。なお石田はテレ東のゴルフ番組は終了となったが、こちらはレギュラーコメンテーターを継続する。
 久米宏ラジオなんですの終了は6月6日に番組終了を発表、27日に番組は終了した。2006年10月に番組開始だから13年9か月続いた。開始当初は文化放送のみのもんた、ニッポン放送の小倉智昭とのオジサン三つ巴といわれたが、みのは次男の一件でスポンサーは離れて終了、小倉も終了し久米だけが残った。
 ニュースステーションを終えて、その後のテレビ番組が振るわず終わったと思われた久米宏はこのラジオでなんとか生き延びていた。
 2009年3月までは小島慶子はアシスタントであったが、その後は堀井美香がアシスタントをした。堀井は当初、小島のような自己主張するようなタイプではないため物足りないという意見が新聞に掲載されるなどしたが、次第にその味が理解されるようになった。
 俺は数か月で毎週聞くのをやめたが、最終回は聞いた。ゲストは伊集院光。伊集院光とラジオとのゲスト出演の交換条件で成立だったようだが、伊集院も久米もラジオに愛情はあるが、局等のイベントには非協力的な面も似ている。
 あまり仰々しいわけではなく、ニュースステーションのようなビールもって乾杯でもなく、普通に近い感じの終わり方であった。終了理由は本人は言わなかったが、東京五輪に反対していたから、五輪中に反対意見を封じるとか、4月に小島一慶、お父さんと勝手に慕っていた久米明が亡くなるということが重なったりしてやめたのではないかというのが俺の勝手な推測です。
 それとネットニュースでやはりというかかつて愛人の自殺未遂をかいた人がいた。ウィキペディアにかつて書かれていなかったそうだが今は書かれている。この時久米は家を購入したが、愛人の自殺未遂で3週間番組出演を謹慎し、金を借りるはずであった銀行からは不許可となったらしく揉めたという。この揉めは横田濱夫の「はみ出し銀行マンの勤番日記 銀行の中はカリカチュア」1992年オーエス出版社に書かれている。
 6月はアナウンサーにとって移動であるが、昨年の小林豊のようなことは起きなかったというか、異動自体例年より少なかったようである。
 TBSラジオで天海祐希の主演映画である「老後の資金が足りません」のCMで流れるセリフが小倉弘子に声がそっくりという一部の声が出ていた。

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